◆千葉大学ユーラシア言語文化論講座言語学講演会「言語学者新村出の生い立ちと学問」

第7回千葉大学ユーラシア言語文化論講座言語学講演会
「言語学者新村出の生い立ちと学問」が、下記の要領で行われます。

  • 日時:2018年11月15日(木)16:10~17:40
  • 場所:千葉大学西千葉キャンパス・文学部101教室
  • 講師:新村出記念財団 新村 恭
    • 講師紹介:新村 恭(しんむら・やすし)。1947年京都市の祖父新村出の家で生まれる。名古屋で育ち、1965年東京都立大学人文学部入学。1973年同大学院史学専攻修士課程修了。岩波書店、人間文化研究機構で本づくりのしごとに携わり、2017年8月『広辞苑はなぜ生まれたか 新村出の生きた軌跡』(世界思想社)を上梓。
  • 主催:千葉大学ユーラシア言語文化論講座言語学研究会
    • 連絡先:菅野憲司 先生(kannoアットfaculty.chiba-u.jp)[アット→半角の@]
  • 講演要旨
    • 幕藩体制のあとの明治政府にとって、国民全体を視野に入れて教育体制を確立することは大事業の一つだった。学制が定まるまでには紆余曲折があり、新村出が生まれた明治9年は、その途上だった。新村は小学校は卒業しておらず、佐原の漢学塾で3年間、親元離れて学んだ。そのあとの、発足したばかりの旧制中学では、一転英語中心の教育を受け、 文学青年でドイツ語をよく学んだ一高時代を経て、東大の博言学科に入り、多くの言語を身につけた。その過程を紹介する。現在とは全く違う、定型的・単線的でない過渡期の教育環境が、博い知識をもたらしたとも思われる。
    • 2年間のヨーロッパ留学を経て確立した学風は、歴史主義的なものであった。これが『広辞苑』などの国語辞書編纂に向かう要因でもあった。その言語観は、昨年の講座で話された、田中克彦先生のものと、かなり違うことが感じられるであろう。

・この講演会は研究院長裁量経費助成事業。終了後講師を囲んで討論会。
・どなたでも、講演会も討論会も歓迎です。ご自由にご参加ください。